2012年2月27日月曜日

ブラームス交響曲第4番/ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル


ブラームス交響曲第4番ホ短調作品98/エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団/Victor(Melodiya)/1973年録音(ライブ)/LP

世の高評価に反して、僕はブラームスの4番はあまり好きではなかった。と同時に、世の高評価を得ているムラヴィンスキーの指揮する、例えばチャイコフスキーも、あんまりピンと来ない。

でも、このムラヴィンスキー+ブラームス4番に関しては全く違う。
「おおお!ブラームスのやりたかった事ってこういうことか!」と納得できる、会心の演奏だ。
これで僕は「ムラヴィンスキーってスゴイ指揮者だったんだ!」と初めて実感できた。

でも、実はこのライブ盤の評判も、改めていろいろ調べていくとどうも今ひとつらしい。
ユニークだがいまいちとか、薄いとか、妙な高揚感とか、あまりいい感想を聞かない。
僕の感覚とは逆のようだ。

敢えて言いたいが、ムラヴィンスキーのブラ4は、最高だ。

他の著名な指揮者、例えばカラヤンでさえ、メランコリックで散発的で、柔和すぎる。バーンスタインに至っては、申し訳ないがもはやナヨナヨしすぎて、何をかいわんやだ。もっと大御所の指揮した演奏も、ただドラマチックなだけで響いてくるものは少ない。

ブラームスの交響曲は、1番から4番まで全体的に短い休符が多くて、その後に次の展開が突如としてわーっとやってくるために、ただ聴いているといろいろ唐突な印象がある。
それをロマン派的に、逍遥や迷いや葛藤のようなものとして、テンポを変えちゃったりして弾かれると、もう何がなんだか分からなくなる。

ブラームスは、この交響曲で、明らかに集大成を成し遂げているはずだ。そこにメランコリックな迷いがあっていいはずがない。

「頼むから普通に弾いてくれ!」と叫びたくなるような演奏が多いのが、ブラ4なのだ。

ムラヴィンスキーは、その辺、ブラームスの意図を十二分に汲み取っているように思える。
厳格なまでにテンポをキープし、妙な抑揚をつけずに、淡々と進む。その中に時折ピークがある。
それが全体を通した時、初めて「何がそこに流れていたのか?」が分かる。

筋がピンと一本、全体の流れに通った演奏だ。あっちいったりこっちいったりしない。
悲劇からの回復、決意、達観、飛翔。迷いがない。これはドラマ音楽ではなく、賛美歌なのだ。


第一楽章のシンプルで達観した情景、第二楽章や第三楽章の規律と歯切れの良さ、そして第四楽章の出だしの芯の太さ、全てがテンポ感に溢れ、それがブラームスの曲を活かしている。沈んでいながら、厳格で、淡々と孤高に向かって進んでいるような演奏こそが、この交響曲の解釈にふさわしいと思う。




Youtube
ブラ4リハ風景と解説(解釈やこの曲に対するムラヴィンスキーの思いなど)

http://youtu.be/aaqQL8poWkU

ムラヴィンスキーはとにかく厳格な指揮者で、偉大な教育者でもあったとレニングラード・フィルの団員達は証言している。
このリハ映像でも、とにかくテンポやリズム、キレに対して厳しく注文しているのが見える。

2012年2月25日土曜日

ヴィヴァルディ「四季」/ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィル



ヴィヴァルディ合奏協奏曲「四季」/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニーオーケストラ/ミシェル・シュヴァルベ バイオリン/グラモフォン/1972年録音/LP

もう何百回と聴いたVivaldiの四季。
にしても、カラヤンの四季というのはとても珍しい。
曲調がまるっきり違う。ドラマチックで、イタリアンバロックというよりも
「夏」の嵐の部分など、まるでベートーベンみたいだ(笑)
「ハイ、あなたの大好きなバロックでござい」というようなイヤったらしさがない。すっと入ってくる。

カラヤンという人は、大衆受けとかタレントとか言われたりアンチも未だに多いけど、なんだかんだ言ってもやっぱり天才。特に解釈に関しては「音楽だけやってる人」とは違う、全人的なものに満ち溢れているものが多いと、僕は思う。


それにしてもこのレコードは特に音が素晴らしい。
僕の安いセットで聴いていても、ソリストのボウイングの返しのかすかな音まで分かる。
チェロやバスの唸りも素晴らしい。
CDやシリコンオーディオばかり聴いているとすっかり忘れている感覚。

グラモフォンやLONDON(旧DECCA)のレコードはおしなべて、どんなレコードも無理に盤ギリギリまで録音を入れてないというところがいい。
内周歪みという、アナログレコードの宿命があって、レコードの終わり(中心)に近づくと音が段々歪んでくるものだけれど、グラモフォンやLOMDONでそういう歪みを体験することは比較的少ない。


YouTube
問題の「夏 三楽章 Presto」
http://youtu.be/Obo4ewznBLM

2012年2月24日金曜日

ブラームス交響曲第2番/ヴォルフガング・サヴァリッシュ/ウィーン交響楽団


ブラームス交響曲第2番/ヴォルフガング・サヴァリッシュ/ウィーン交響楽団/fontana/1959年録音/LP

サヴァリッシュ36歳の時の指揮。第一楽章の出だし、管が今ひとつ。ブラームスの二番は、管が命なんだけど。でも全体的には伸びやかで、これはこれでいい。最終楽章のフィナーレも素晴らしい。ちなみに管の実力No.1なウィーン・フィル(VPO)ではなく、ウィーン・シンフォニー(VSO)。

YouTube
サヴァリッシュもVSOもなかったので、クライバーとVPO
http://youtu.be/_kfxAlWqwvk

ベートーベンピアノソナタ No.5, No.6, No.15(Pastoral)/ウラジミール・アシュケナージ





ベートーベンピアノソナタ No.5, No.6, No.15(Pastoral)/ウラジミール・アシュケナージ/LONDON(キング)/1976年録音/LP

美しい。
YouTube
15番、アシュケナージのがなかったので、バレンボイムで。
http://youtu.be/pYkvP_iGjWM




バレンボイムもそうだが、ベートーベンのピアノの解釈というのには、力強くて、技巧的で、抑揚が激しく、自己顕示に満ちているという演奏が多いような気がする。


それは一面ではとてもよく当たっていると思う。
でも、それだけでベートーベンを聴いていると、段々、彼が聴かせようとしていたものが見えなくなる気がする。若いころのベートーベンは非常に技巧派でピアニストとして名を馳せていたという。しかし上記のような姿はもっと晩年になってから、そして「外に出ている面」だけであったような気がする。


創作をしている人なら分かると思うけれど、どんなに激しい性格であったとしても、制作している時、インスピレーションを受けている時の自分というのは、とてつもない静寂に包まれているものだ。


そして、ベートーベンの優れた創作も、そのような境地で生み出されたに違いないと思われるモチーフや主題がたくさんある。


ピアノを叩きつけるような演奏ばかりがベートーベンではなく、後のロマン派にも通じる精神の高揚やメランコリーがある。


そしてフォルテシモの中には、明らかに瞑想状態で生み出されたのではないのだろうか?と思われるフレーズがいくらでも出てくるのだ。


アシュケナージの演奏は、そういった深い静寂の中で生み出されるフォルテシモがあって、聴いていてしっくりくる。

シューベルトピアノソナタD840(Cmaj未完成)、D900(Cm)、D.644(A)/ウィルヘルム・ケンプ





シューベルトピアノソナタD840(Cmaj未完成)、D900(Cm)、D.644(A)/ウィルヘルム・ケンプ/グラモフォン/1967年録音/LP


イ長調D.644は特に素晴らしい。
Youtube
http://youtu.be/5oQlWaAmPQQ

2012年2月23日木曜日

ベートーベンピアノソナタNo.4, 9, 10/ウラジミール・アシュケナージ


ベートーベンピアノソナタNo.4, 9, 10/ウラジミール・アシュケナージ/LONDON(キング)/1979年録音/LP


アシュケナージ若い!1979年の録音で、発売は1981年。今、彼は御年74歳。
彼はDecca〜London時代を通じて、ベートーベンのソナタをコンプリートしている。


ベートーベンのソナタはケンプやバレンボイム、リヒテルをはじめとして7〜8人のがあるが、一番聴くのはCDのバレンボイムの全集(CDだと気軽にかけられるのでつい)と、アシュケナージだ。好きなのはアシュケナージの方。残念ながら、アシュケナージは全曲はない。バレンボイムは、いわゆるベートーベンっぽさががんがん伝わるが、アシュケナージのソナタは、軽やかでとても美しい。


Youtube
http://youtu.be/zDuVyxYjfMc

A French Program(近代フランスピアノ小品集)/アルトゥール・ルービンシュタイン



A French Program(近代フランスピアノ小品集)/アルトゥール・ルービンシュタイン/RCA/1960年代初期
ラヴェル、プーランク、フォーレ、シャブリエ 計7曲。

ルービンシュタインといえばショパンと直結するけれど、意外なフランス人作曲家のピアノ小品集。CDにはドビュッシーも入っているが、LPはドビュッシーとこの小品集は別になっている。