2012年4月15日日曜日

「CDよりもLPの方が音が良い」原因(2)

(1)の続き


アナログプレイヤーには、その仕組み上、副次的に倍音を生成する特質がある。
もう少し正確に言うと、「倍音のようなもの」を生成する特質。
それは、雑音を生成する特質と同じだ。


それは、フィードバックと、歪み。



フィードバックとは、一度スピーカーから出た音が、再びプレイヤーの本体を共鳴させ、カートリッジ(振動を検知する部分)に拾われて、音として再生する事を言う。オーディオの世界では、このフィードバックは、「ハウリング」と同一視しており、あってはならないものとされている。だからプレイヤーは基本的にインシュレータや堅い材質などで音の波動を遮断するように作られるし、置き方も細心の注意を払って、スピーカーの共振の影響を受けないように設置するのが常識だ。


ところが本来はフィードバック現象は非常に微妙な響き、音色の変化をもたらす。例えば楽器にはフィードバックは不可欠であり、これが起きない楽器は「ない」と断言できるほど音楽の世界では当たり前の現象だ。

例えばバイオリンやアコースティックギターなど箱鳴りする楽器は、必ずこのフィードバックが起きているし、ピックアップで電気的増幅をするエレキギターでさえ、木の材質によって全く音色が変わってしまう。弦の音を木が共鳴させている自音の共鳴以外に、一度アンプから出た音などが再び楽器のソリッドボディにフィードバックされ、共振して新たな響きが生まれ、それが弦に作用して再びピックアップに拾われる現象が起きているからだ。

弦の振動を拾って増幅する自音共鳴と、フィードバックは似ているようで全く違う。

楽器の胴から増幅された音は、空気中を振動させ、壁や床、あるいは他の楽器の胴をも共振〜共鳴させる。そうしてミックスされた音は全く違う音、倍音や残響(リバーブ)となって再び自分の楽器に返ってきて、再び共鳴する。

エレキギターの場合、アンプを介さずに録音した(ライン録り)ギターと、アンプからマイク録りした音では、まるっきり表情が変わる。
ライン録りの音は、楽器のボディなどで共鳴だけはするが、外部からの音を拾って再び共鳴するフィードバックが全くないために、ペタっとした音になる。
対してアンプ〜マイク録りの音は、空間に発せられた音が楽器のボディやピックアップにフィードバックして響きが膨らんだ音になる。

フィードバックは、原音とは全く違う音を生み出す。
それは倍音であったり、さらにマイクや耳には聞こえない(拾えないが認識できる)振動だったりもする。

そしてこのフィードバックの音域が広い楽器は、倍音成分が非常に多く、倍音のパワーも高い、良い鳴りの楽器と言われる。フィードバックは共鳴と相まって、楽器にサステイン(減衰持続力)を持たせる。
このサステインこそが、倍音の元になるのだ。

倍音は、耳に届く音というよりは、身体のあちこちが感じる音の成分だ。
そしてこの倍音成分の殆どは、マイクで拾ってスピーカーで完全に再生することはできない。

モンゴルやウィグルの伝統的な歌唱法である「ホーメイ(ホーミー)」をご存知だろうか。喉の地声で歌う通奏低音と、口の中でその倍音を出す、一人二声による独特の歌唱法だ。名人になると、地声と倍音旋律を、二声別々の旋律で歌うことができる。

このホーミー、歌い手からどんどん遠ざかっていくと、地声の方は距離に応じて遠くなっていくが、倍音の方はいつまでも聴き手の耳元で鳴っているように感じる。

実際に聴けば、これが鼓膜を刺激しているというよりは、耳骨に直接働きかけている事がすぐに分かる。

教会で歌われるミサ曲では、合唱が進んでいくうちに、誰もその旋律を歌っていないにも関わらず聴こえる不思議なメロディが聴こえることがあるという。それを昔から「天使の声」と呼んでいる。

当然、これらの現象は、CDやレコード録音などでは決して味わうことは出来ない。
もちろん可聴域の倍音成分もあるから、理論上は録音再生できることになっているし、実際にCDでもホーミーの高い旋律はちゃんと聴こえる。しかし、遠く離れてしまえばその旋律も遠ざかるし、やはり実際に聴くホーミーとは全く違うものである。
これが、私達が「CDでは聴けない音」の最たるものだと思う。私はこれを勝手に「超倍音」と呼んでいる。もしかしたらちゃんとした専門用語があるのかもしれないが、可聴域でありながら、録音できない倍音だから、超倍音である。

楽器や生のコンサートのフィードバックで起きる音響成分は、このホーミーの超倍音や天使の声と同質だ。
ホーミーの超倍音と同じものが、コンサートホールでもフィードバックで起こる。ホールの残響が楽器に戻り、楽器がさらなる響きを出す。それらはお互いに共鳴しあって、全く意図しない「別の音」を生み出す。そしてそれらはマイクでは拾われていない。録音された時点でフィードバックによる超倍音は殺されている。

ところが、アナログレコードの場合、この超倍音が部分的に再生されてしまうことがある。いや、正確に言うと、「コンサートの時にあった、マイクでは決して拾う事ができない可聴域の超倍音に似た成分が、新たに生成」されてしまうのだ。
もちろん演奏時の超倍音と同質のものとは言い難いし、完全に再生成されるわけではない。似たものが、再生成される瞬間があるということだ。その瞬間は、数秒の時もあれば、一曲に渡って続くこともある。録音の状態にも左右されるので、絶対に起きるとは言い難いが、概ね聴き手の方の再生環境に以下のような条件が揃っていれば、聴くチャンスは増えるかもしれない。


  1. アナログプレイヤーのベースが、ハウリング特性が低い、やや共鳴しやすい木材で作られている。つまり、あまり高いプレイヤーでも、安いプレイヤーでもこの現象は起きず、なんとなく中途半端なグレードのプレイヤーに起きやすい。
  2. 床や壁が、レコードで演奏されている楽器と同じような材質の木材で構成されている。本木のフローリングや板壁、または漆喰壁で起きやすく、和室や合成素材の床、吸音性の高い壁では起きにくい。
  3. スピーカーの材質も、やや共鳴しやすい木材で作られている。スピーカーに関しては共鳴を前提に作られているものは多いので、ある一定の水準以上で作られたものであれば概ね起きると思われる。
  4. スピーカーとプレイヤーがインシュレート(絶縁)されておらず、同じ音伝導率の素材の上に乗っている。
  5. ボリュームレベルがある程度必要。レコードであっても、ヘッドフォン再生はもちろん、スピーカーのボリュームをゼロにしていても得られない。
  6. 以上のような現象によって、フィードバックによる倍音の再生成が行われ、結果として音圧や膨らみが増して臨場感が高まったと捉えるために、良い音であると耳が感じる。
  7. 特に「鼻に抜ける音」が多くなる。これが実際の楽器演奏の音と同質かどうかは分からない。少なくとも録音時の音をそのまま再現しているわけではなさそうだ。しかし、耳ではなく鼻に抜ける感じの音はコンサートホールでも実際に体験できるし、鼻に抜ける音を感じた時、私達はイイ音であると感じる。

この現象は、デジタルのみの録音→再生では決して起こる事はない。もちろん壁などの反射で残響そのものは耳に届くが、それはあくまでも部屋の残響の域を超えることはなく、超倍音を生む事はない。

しかし、一度アナログレコードをある一定の音量以上で再生したものをデジタルで録音すると(ここはライン)、超倍音とまでいかなくても、ターンテーブルでのフィードバックによって生成された倍音成分は確かに増えた。結果として、売られているCD以上の「臨場感」で聴く事ができた。これが先に紹介したドゥービー・ブラザーズのレコードの顛末。



もう一つの要素の、歪み。これも本来は雑音要素だ。
しかしフィードバックと歪みは、切っても切れないクルマの両輪。
歪みがなければフィードバックはなく、フィードバックがなければ歪みも起きない。
歪みとはとても大切な音の要素だ。

エレキギターは、アンプで増幅する段で必ず歪んでいる。ギターアンプは、どんなにクリアトーンであっても必ず歪み性を持っている。
クランチと呼ばれるかすかな歪みを含ませた音が、倍音も強くなり、キレイに、気持ちよく聴こえる。

ところが、オーディオアンプなど歪み率の低いアンプで再生するなど、完全に歪みを取り払ってしまうと、いわゆるショボい音になり音が沈んでしまう。

バイオリンは、弓で弦を擦る段で既に歪んだ音(ノコギリ波)を発生させるが、弓の使い方や状態によっては、全く歪まない音というのを発生させることが、一応できる。できるが普段はやらない。バイオリニストにとっては、それはミスに過ぎない。

良い音というのは、音源から発せられた瞬間に歪みを起こし、フィードバックを起こし、倍音を発生させる。

教会やホールの残響にも歪みが含まれている。エコー音は元音と干渉しあって歪み、分離性を阻害し、結果的に様々な倍音を発生させる。


CDは理論上、この、「倍音や音圧を発生させる歪み」に関しては全く機会がない。だから、何となく貧弱になったような「気がする」。しかしこれは聞き比べないと分からないレベルだ。


CDであっても、歪率の高い真空管アンプなどで再生すると、とてもふくよかな音として聴こえるのは、CDでなくしてしまった本来の自然な歪みを、アンプの段階で擬似的に増やし、倍音を発生させているからなのだ。

しかしこれも、現実の音にはあったのに、録音時になくしてしまい、再生時に再び「〜のようなもの」として再生成されたもので、実際の超倍音とは違う。それでもないよりは良い。


もちろん歪みやフィードバックが起きればいいというものではない。人間の耳は歪みが少なすぎても多すぎても耳がそれをイイ音と捉えないようにできている。歪みすぎる楽器が楽器にならないのと同じ。

私の経験で、CDよりレコードの方がいい音と感じた音楽、つまり超倍音が再生時に生成されがちなものは
  • 教会等で録音された、通奏低音や対位法の演奏(バロックなど)。元々倍音成分が多い宗教音楽のコーラスなどは特に響く。
  • 室内楽などの中規模の合奏曲。
  • シンプルな構成のベース、ギター、ドラムの演奏。70年代のアメリカのフォーク・ロックなどは、特に倍音成分が再生成されやすいように感じる。
  • 純正律に近い調律法で録音されたとされるもの。
  • ライブ演奏で、倍音成分が多かった(音響が良かったとされる)クラシック
  • 金管の入ったジャズ演奏
  • チェロ、コントラバスの音
など。

逆にレコードもCDもあんまり変わらない、あるいはレコードでも別にイイ音とは感じなかったもの、超倍音が出ることが少ないと感じたもの。


  • 不協和音の多い曲。ドビュッシーやウィーン楽派、ミニマル、現代音楽。
  • ピアノソナタやジャズピアノなど、独奏ピアノ。
  • 交響曲は演奏方法や録音によって極端に違う。
  • 残響の少ないデッドな演奏。
  • ラインまたはオンマイクで録ったと思われる楽器の音。
  • エレクトリックミュージック、電子楽器。



CDをもっといい音で聴くために、超倍音生成機みたいなものを開発すればいいと思う。サラウンドシュミレーターのようなもので構わない。そうすれば、誰もプチノイズだらけのレコードを「CDよりいい音だ」などとは言わなくなると思う。


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