2013年12月20日金曜日

David bowie / The next day (2013)



ファンの層が「やっぱりデヴィッドボウイはLPで聴きたい!」みたいなスノッブでロートルばかりということを見越してか何なのか、ニューアルバムはLPとCDのセットで発売、2013年のアナログレコード売り上げNo.1を記録しちゃったそうです。

CDにアナログレコードがボーナスで付いてくるのではなく、あくまでアナログがメイン、CDが付録、アナログジャケットに無造作にCDがまるでコピーしたCD-ROMのように入ってるだけという、ナンダコレ梱包。

アナログレコードの方は、ロック/ポップのレコードにあるまじき贅沢さで、まず盤質が180g重量盤、そして一面当たり平均4曲(15分程度)という、これは全盛期のクラシックレコードでもなかなかやらない音質追求型、マニアックすぎ。

昔の曲のリマスター愛聴盤とかじゃない、新譜です。

そんな贅沢仕様に負けない…というか、それを裏付けるというか、音楽の質も図抜けています。
最初iTunesで購入したのですが、これはネットで一曲幾らで買えていい音楽ではない、一曲たりとも取りこぼせないこんな素晴らしい音楽が、ゴミと同じに扱われる現代の音楽産業の悲哀を感じたものです。

だからこそ余計に重量盤の重みを有難く感じるのですが、うーん、これもやっぱりロートルなのかなあ。
いい絵にいい額縁が必要なように、いい音楽にもいい額縁が必要だと思うんだけど。

それにしてもデヴィッドボウイほど年齢と共に音楽が熟成されてカッコ良さとか深みが増して来るロックアーティストも珍しいと思います。
「Hours」以降のボウイはほんとに大好きです。
こんなじじーになりたい!

Where are we now?
(ベーシストにトニーレビン)
http://youtu.be/Hiz2w_GrgaM

2013年2月11日月曜日

ブルックナー交響曲第8番(クレンペラー指揮)


ブルックナー交響曲第8番・オットー・クレンペラー指揮・ニューフィルハーモニー管弦楽団(1970)


またブル8です。
よく飽きないなあと自分でも思います。

あ、ちなみにブル8というのは、ブルックナーの交響曲第8番という意味です。
ブルックナーは、全部で10曲の交響曲を作っています。
この8番は、彼の交響曲の最高傑作と言われています。

今朝、聴くものがないなあと思いながら棚をぼんやり見つめていて「あれ?クレンペラー指揮のブル8だ!」って。。。
存在をすっかり忘れてました。
この人の指揮の演奏はちょっと独特です。
ベートーヴェンにしてもマーラーにしても。

最近は、棚に入ってるLPやCDを把握しきれなくなってきてます。
ロックやジャズはそれでもなんとなく覚えてるんだけど、クラシックはもうかなりダメです。

大した数ではないのです。
ちゃんと数えた訳ではないのですが全部かき集めても1000枚はないと思います。

…たぶん。
いや、あるのかな…。

データベースで管理しようとしてはいるのですが、半分も登録できてません。
こうして写真撮ってネットにアップするのにも疲れてきました。

2013年1月14日月曜日

Sorcerer/Mils Davis(1967)


Sorcerer/Mils Davis(1967)

NEFERTITIの前に出た、1960年代マイルス第二黄金期クインテット四部作のひとつ。このアルバムをマイルスの頂点と見なす人も多く、マイルスとその仲間たちはこの辺で完全にJAZZという括りを超えちゃってます。

このアルバムに関して何が凄いかというと、どこからどう聴いてもインプロ(即興)ありきの曲だろうという曲が、実は厳密なスコアがあって、全パートのフレーズを譜面化しながらレコーディングしたという話。本当か伝説か…もちろんアドリブも残されているようですが、どこからどこまでがアドリブかはもはや判別できません。
完全に「再生芸術」を目指した現代音楽と化しています。

確かにジャズならではのダイナミックなスリルは失われているところもありますが、その分ものすごく知的で、奥の深い演奏になってます。まるでバルトークを聴いてるような錯覚にさえ陥るのです。

いわゆるビバップをJAZZと思って聴きたい人にはあんまりおすすめできるアルバムとは言えませんが、正直に言って、マイルスと共に50年代のハード・バップ期を過ごしてきた他のJAZZミュージシャン達の、同時期(60年代後期)の演奏には結構聴くに耐えないものも多く、どれだけマイルスが研究と実験を重ねて進化してきたミュージシャンなのかを改めて思い知らされる一枚です。

しかし聴いていても容易に想像はつくのですが、マイルスとその仲間たちはこのあと本当にやることがなくなってしまい、NEFERTITIを最後に解散してしまいます。

Sorcerer
http://youtu.be/z-sMwUiZxVo


2013年1月2日水曜日

NEFERTITI/MilesDavis(1967)





2013年の最初に聴くレコードを何にしようか迷って、クラシックではなくJAZZ、マイルス・デイヴィスにすることにしました。

「JAZZを聴こう!」と思い立ってからかれこれ10数年が経とうとしています。
未だにJAZZを理解して聴いているとは言えません。
理由のの一つは、JAZZの典型的な形態である「ビバップ」スタイルにシンパシーがないからだと思います。
原曲が分からないほど崩してしまったり、ソロのたびに拍手をしたり、よく分からない世界です。

それでも、マイルスに関しては彼の演奏を何度も聴き返しているうちに、段々彼が他のJAZZミュージシャンとは全く違う構造と特徴を持つ音楽家であることが理解できるようになってきました。


だからマイルスは大好きです。
もしもJAZZ=マイルスなら、僕はjAZZを理解して聴いている事になると思います。
現時点での僕の理解は、モダンジャズは「マイルスと、それ以外」です。
でも他とマイルスがどう違うのか?と聞かれると、分からないんだなあ。

「NEFERTITI」は1967年に発表された、マイルスとその仲間たちの黄金期の最後のアルバムです。
それまでのジャズのお決まりだったコード進行によるハードバップから解放され、インプロヴィゼイション(即興)によるフレーズの重なりで音楽を作るモード・ジャズを確立したマイルスが最終的にたどり着いた境地は、厳密な演奏進行をキープしながらノーコードでインプロヴァイズしてゆくという、並大抵のミュージシャンが到達することのできない世界でした。

毎日聴けるほど馴染みやすくはないのですが、音楽の進化としてはある種完璧なものを感じます。
このアルバムを最後に彼の黄金期のクインテットは解散し、それぞれがソロで大活躍を始めます。
同時に、いわゆる我々が普通の感覚で「JAZZ」と呼ぶ音楽が最先端だった時代が終焉し、フュージョンやクロスオーバーという音楽ジャンルに移行し、より洗練された新しい音楽が生まれていきます。マイルスにとってもこのアルバムがアコースティックの楽器だけで録音した最後のアルバムになりました。


Nefertiti
Youtubeのmp3ではかなり音がしょぼくなって情報しか伝わって来ませんが、レコードやCDで聴くと天才ミュージシャン達の気迫がビシビシと伝わってきます。この曲はこのアルバムの一曲目ですが、アルバムを聴き進めて行くと、実はこの曲は小手調べに過ぎなかった事に気づくことになります。
http://youtu.be/NcRg-duiWgQ

2012年12月5日水曜日

シェーンベルク「浄夜」


シェーンベルク/浄夜/ブーレーズ&ドメーヌミュージカルアンサンブル(1975)



結局のところ、この人は「調性音楽をぶっ壊した」人として歴史に名を残すのでしょう。
しかし「浄夜」は無調性ではありません。そしてリヒャルトデーメルという詩人の詩を題材にした標題音楽です。
シェーンベルクは20世紀の人ですが、この曲はギリギリ19世紀の作品です。
これを聴けば彼が無調性音楽でいたずらにデタラメをやっていたのではないことがわかります。
題材となった詩も素晴らしい。訳詞によってかなり内容の解釈に差は出るのですが、僕の一番好きな訳はとても直訳的なこのレコードのライナーノーツの訳です。他のサイトからコピペすれば良かったのでしょうけれど、変に文学的な意訳よりも、直訳の方がこの詩の本質をよく表しているので、頑張って書きます。



浄夜 (リヒャルト・デーメル)

枯れて冷たい林の間二人が歩いている
月が二人を照らし、彼らはそれを見上げる
高い樫の木の黒い先端が空にそびえ、その上に月が走る
空の輝きを曇らす雲は一つもない
女の声が話す


私は身ごもっていますが、あなたの子供ではない
私は罪を感じてあなたと歩いています
私は私自身をひどく辱めてしまった
私は幸福な未来が信じられなかったが
充実した生命と母としての幸福と義務に
強い憧れを感じていました
そして私はわななきながら、見知らぬ男に身を任せ
それを祝福さえしてしまった
今や生命が私にしかえしをして
今私はあなたに出会ったのです

女はおぼつかない足取りで歩み、空を見上げる
月とともに歩み
彼女の暗い眼差しは光のなかに溶ける

男の声が話す
あなたの身ごもっている子供は
あなたの魂の重荷ではない
世界がどんなに明るく輝いているか、ごらんなさい
すべてのまわりに輝きがある
私たちは冷たい海の上をただよっているが
私からあなたに、そしてあなたから私に
暖かさが直接伝わってくる
それは他人の子供を清め
あなたはその子供を私のために生むでしょう
あなたは私に輝きをもたらした
あなたは私を子ども自身にしてしまった

彼は女の腰をつよくだきしめ
彼らの呼吸は風のなかで口付けを交わす
二人は清められた明るい夜に歩いてゆく




ズービン・メータ&VPOの浄夜
http://youtu.be/B-ii8JMPUxc

2012年11月28日水曜日

マーラー交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」



マーラー交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」/サー・ゲオルグ・ショルティ指揮/キリ・テ・カナワ(ソプラノ)/シカゴ交響楽団/LONDON(ポリドール)/1983年録音/LP


マーラーにしては珍しく、全編希望に溢れた交響曲です。


マーラーの4番は不思議な魅力を持っています。

「好きか?」と言われると首を傾げてしまうのだけれど、何も考えたくないけれどアタマの中が空っぽにしたくてもできないような時になぜか聴きたくなるのです。マーラーなのに、です。
この曲が頭の中を占領すると、なぜか気持ちがゆったりとしてきます。
4番は、全体的に恣意的で耳に触る事もあるマーラーの交響曲の中にあって、音楽と正面から向き合わなくても音楽の世界に入っていける楽さがあります。


マーラーは5番のあの有名なアダージェットといい、多くの交響曲の中で緩徐楽章に素晴らしく美しい曲があります。
どんなに希望がなく激しく皮肉に満ちた曲でも緩徐楽章だけは例外なく美しい。

この4番も、第三楽章がとても美しい旋律です。
こんなふうに→ 








そして第4楽章は突然ソプラノの独唱による歌曲になります。


マーラーは交響曲の2番から交響曲に合唱や独唱を入れて交響曲を作り始めました。


交響曲に人間の声を初めて入れたのはベートーヴェンの第九ですが、マーラーの交響曲は半数以上が「歌入り」です。


その最高潮はいわゆる「千人の交響曲」と呼ばれる第8番で、文字通り約1000人の演奏者と合唱者が必要という、とんでもなく大掛かり。演奏会を行うだけでも何年かに一度の大イベントになってしまうそうです。


でもこの4番はソプラノ一人でコンパクトです。





ショルティ&シカゴ交響楽団の演奏はLONDONの録音の素晴らしさと相まって、透明感があって、柔らかくて、みずみずしいのが特徴です。
同じショルティとコンセルトヘボウの録音(1961年)も持っていますが、コンセルトヘボウはハイティンクとの録音の方がより透明感があって素晴らしいです。


ハイティンクとアムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団の録音はマーラーにせよブルックナーにせよ、マーラーを正確に理解しているように思います。





現代的でけれん味がなく優しさに溢れている。それでいて深い後味が残る。小澤征爾のブラームスやバッハにも似たものがあります。





初めてマーラーを聴かれる方にはハイティンク&コンセルトヘボウをおすすめします。マーラーを世界に広めた功績が大きいと言われるバーンスタインは感情や癖が強くて、初めての人にはあまりおすすめできないかもしれません。




マーラーSym No.4/ハイティンク&コンセルトヘボウ(1967)








Youtube

ハイティンク&コンセルトヘボウの2006年の録音だそうです。(第一楽章)
http://youtu.be/5GWqE8ySC4c


第4楽章。ソプラノ独唱が入り、歌曲化した楽章で、しかもいわゆる交響曲にありがちな大団円の終章がない、地味に掟破りの楽章。
http://youtu.be/3D8A2GWalhY

2012年11月22日木曜日

Collectors' Items/MilesDavis sextet(1953,1956)




A面1953年のセッションと、B面1956年のセッションという、ちょっと年の離れたセッションの寄せ集め。

A面の1953年のセッションは、マイルス・デイビス、ソニー・ロリンズ、そしてチャーリー・パーカー(チャーリー・チャンという変名でクレジットされている)のセッション。

まあ、チャーリー・パーカー(sax)は言われているほどヘロヘロではないにしても(チャーリー・パーカーはアドリブの天才と言われていたが、麻薬中毒で1950年代にはアドリブもかなり鈍り、このセッションの2年後に34歳(!)で死去)、他のメンバーのソロも含めてちょっとアパシーなところがあります。

リフもソロもオールドスタイルで流している感じ。ただ、なんとなく味はあります。

B面1956年のセッションはベーシストがパーシー・ヒースに代わってポール・チェンバース。そしてソニー・ロリンズ(sax)、トミー・フラナガン(P)。

B-1曲目の「No Way」はマイルスがのっけからアドリブソロを突っ走らせています。

基本的にはハード・バップなのですが、ポール・チェンバース(b)ベース・ラインがとてもスリリングなおかげで3人のソロに緊張感がみなぎっています。




The Serpent's tooth(take1) (A-1)



No Line(B-1)